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Posted by 京つう運営事務局 at

2006年06月27日

6月26日京都御苑 清水谷家の椋

●6月26日の椋の木。
  小雨に煙って、梅雨真っ只中の京都です。緑もさらに濃くなった椋の木です。
  まだまだ鬱陶しい天気が続きます。
  今年も祇園祭に土砂降りの夕立がきて、梅雨明けになるでしょうか。 地図はこちら

  


Posted by Taka at 20:29Comments(0)京都御所・御苑

2006年06月24日

西寺の跡は、今は公園。

こんなに広い公園が、南区唐橋の一角にあります。
平安京造営時に、建立された西寺の跡です。    地図はこちら





































































































































  


Posted by Taka at 23:22Comments(0)大路小路

2006年06月24日

5月25日京都御苑 清水谷家の椋

●5月25日の椋の木。
  青々とした新緑に包まれる椋の木。
  お天気がもう一つで、五月晴れなら良かったですが。 地図はこちら

  


Posted by Taka at 15:30Comments(0)京都御所・御苑

2006年06月24日

3月30日京都御苑 清水谷家の椋

京都御苑内にある、椋(むく)の木を季節の移り変わりと一緒に観ていきたいです。
蛤御門を背にして、大文字山を臨んで撮っています。 地図はこちら

●3月30日の椋の木。
  まだ3月といっての肌寒い、新緑にはまだまだの季節です。
  でも、枝先に僅かですが、淡い春の色を感じます。

  


Posted by Taka at 15:29Comments(0)京都御所・御苑

2006年06月24日

京都御苑 清水谷家の椋

京都御苑内の京都御所の西南角・玉砂利の広い道のど真ん中、
道いっぱいに幹を広げて”とうせんぼ”した恰好で、居座っている大木がいます。
























それが「清水谷家の椋」。 地図はこちら

その椋(むく)の木を、季節の移り変わりと一緒に観ていきたいです。


京都御苑の地図。
黄色の丸印の位置で、この椋の木は今も「とうせんぼ」しています。

余談ですが、
京都御所・仙洞御所などは宮内庁、京都御苑は環境庁、京都迎賓館は内閣府の管理です。

















































デデ~ンと、ほんとに「とうせんぼ」ですね。







































現在は、この写真の左手約100mに、有名な蛤御門が烏丸通に面して建っています。
蛤御門といえば、幕末に「禁門(蛤御門)の変」の主戦場となった場所で、
長州藩兵と会津・桑名・薩摩の諸藩兵とが、京都での主導権争って激しく戦いました。
(因みに、手前の砂利路面にうっすらと線が横切っていますが、これが例の「御所の細道」です)

























この当時・江戸期、蛤御門は烏丸通よりもっと東、この椋の木のすぐ西に建っていたようです。

久坂玄瑞とならび、猛烈な積極派であった来島又兵衛は、
壮絶な戦いの中、胸を鉄砲で撃ちぬかれ、
もう助からないと悟って喉を突いて自害しましたが、
その場所が、この椋の木の近くだったとも伝えられています。

誰も気付かずに居ますが、ひょっとするとこの椋の木の幹の中に、
鉄砲の弾が何発か打ち込まれたままになっているんじゃないですか。
← クリックで拡大!

この地図は、享保2年(1717年)の作図です。江戸・三大改革の「享保の改革」で有名な元号ですよね。

クリック拡大地図の中の赤色で示したところに、確かに「清水谷家」の名称が見られます。
蛤御門もすぐそばにありますね。

他、赤色でチェックしているところは、
五摂家の近衛・九条・鷹司・二条・一条家のお屋敷を示しています。
「冷泉家」のお名前も見られます。
現存する最古の公家住宅で重要文化財にも指定されています。
時代が明治になったとき、
ほとんどの公家は天皇に従って東京へと移り住み、お屋敷も取り壊されましたが、
留守居役であった冷泉家(上冷泉家)はそのまま残り現在に至っているのです。  


Posted by Taka at 15:26Comments(0)京都御所・御苑

2006年06月13日

京の道資料館 開館中。

「京の道 資料館」というミュージアムがあるのを、初めて知りましたface08  地図はこちら

















































場所は京都駅のすぐ近くです。
駅ビル沿いに西へ。
中央郵便局とJRの間を、さらに西へ西へ。
西洞院を越えて20mくらい。
ハローワークの北向かい。
ローダック21京都ビルの2Fです。

母体は国土交通省。
開館時間 AM9:30〜PM5:00
 休 館  年末年始
(2006年12月29日〜2007年1月3日)

OPENして既に5年経つそうで、
私が勉強不足だけなのかもしれませんが、全然知りませんでしたicon10






















そんなに広いフロアーではありませんが、
中心のフロアーの壁面に国宝「上杉本 洛中洛外図屏風」六曲一双の複製写真が張られています。




















床には、地理調査所(国土地理院の前身)発行の
一万分の一地形図(昭和13年測量/昭和26年修正測量)を11枚張り合わせたものを、
1/2300に拡大して敷き詰められています。




「京の道探検ブック」はお土産にいただきました。
京の道探検隊・洛洛歩考会というのがあって、
不定期に道をテーマに京都探検を企画しておられる様です。
その時、テキストに使われたものとのことです。















































これは、一部1000円で購入しました。国宝の洛中洛外図を堪能できます。


























  


Posted by Taka at 23:09Comments(0)ミュージアム

2006年06月05日

京の町は碁盤の目。

泣くよ~ォ 鶯~ゥ 平安京~ォ。
794年、桓武天皇が山背(やましろ)国の葛野郡宇太の地に都を造られました。
遷都にあたり、国の名称も「山背国」から「山城国」へと変更され、
新しい都市造りがなされました。

平安京のモデルは、中国・唐の都「長安」で、大きさはほぼ1/3。
東西約4.5km,南北約5.2kmの長方形でした。

ICON33クリックして拡大すべし。

長安は、都の周りを強固な城壁で囲み、遊牧民族の侵攻から都を守っていましたが、
平安京はその必要がなかったので、南面中央の羅城門がその城壁の偉容を示した以外は、
特に都の内外を区切る壁はなかったようです。

大路小路の名前を見てみると、現在の通り名に見られるものがたくさんあります。  


Posted by Taka at 22:42Comments(1)大路小路

2006年06月05日

mapmanです。はじめまして。

ながらく空き家にしておりました、mapmanです。

はじめまして。

地図を眺めていると、時間を忘れてしまう私ですが、

まだまだ初心者です。



ときどき、ピカッと閃きながら、

しょうもないこと掘り下げて、

楽しみたいと思いますので、

コツコツ、ボチボチとお付き合い下さい。

よろしくお願い致します。  


Posted by Taka at 20:51Comments(0)はじめに。